京都地方裁判所 昭和35年(行)6号 判決 1969年3月29日
京都市上京区智恵光院通今出川上ル桜井町九五番地
原告
京都国用生糸株式会社
右代表者代表取締役
吉川幸太郎
右訴訟代理人弁護士
前堀政幸
右
同 中坊忠治
右
同 中坊公平
右訴訟復代理人弁護士
谷沢忠彦
東京都千代田区霞ケ関一丁目一番地
被告
国
右代表者法務大臣
赤間文三
右指定代理人
氏原瑞穂
右
同 塩見和夫
右
同 葛本幸男
京都市左京区川端通丸太町下ル下提町九四番地
被告
上京税務署長
桑原登喜雄
右指定代理人
館石博
右
同 谷津守
右当事者間の昭和三五年(行)第六号法人税更正処分取消等請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
原告の被告国に対する訴は、いずれも却下する。
被告上京税務署長が、昭和三三年一一月二九日、原告の昭和三〇年六月一日から昭和三一年五月三一日までの事業年度分についてなした再更正処分のうち、所得金額二、二九二、九七六円を超える部分および、原告の昭和三一年六月一日から昭和三二年五月三一日までの事業年度分についてなした決定処分のうち、欠損金額五七一、二〇一円を超える部分および原告の昭和三二年六月一日から昭和三三年五月三一日までの事業年度分についてなした更正処分のうち、所得金額二、九七七、四七四円を超える部分を、いずれも大阪国税局長の昭和三五年三月一日の各審査決定により変更減額された限度において取消す。
原告の被告署長に対するその余の請求は、棄却する。
訴訟費用は、原告と被告国との間においては、全部原告の負担とし、原告と被告署長との間においては、原告に生じた費用の二分の一を被告署長の負担とし、その余は各自の負担とする。
事実
第一、当事者双方の申立
一、原告の申立
(一) 被告国と原告との間で、原告の昭和二八年六月一日から昭和二九年五月三一日までの事業年度分について、その所得金額は一、一七八、九一九円であることおよび原告の昭和二九年六月一日から昭和三〇年五月三一日までの事業年度分について、その所得金額は二、〇五二、〇〇〇円であることを、それぞれ確認する。
(二) 被告上京税務署長が、昭和三三年一一月二九日、原告の昭和三〇年六月一日から昭和三一年五月三一日までの事業年度分についてなした再更正処分のうち、所得金額二、二九二、九七六円を超える部分および原告の昭和三一年六月一日から昭和三二年五月三一日までの事業年度分についてなした決定処分のうち、欠損金額一九五、一一三円を超える部分および原告の昭和三二年六月一日から昭和三三年五月三一日までの事業年度分についてなした更正処分のうち、所得金額二、八八九、四〇〇円を超える部分は、いずれも取消す。
(三) 訴訟費用は被告等の負担とする。
との判決を求めた。
二、被告等の申立
(一) 被告国の申立
(1) 本案前の申立
(イ) 被告国に対する訴はいずれも却下する。
(ロ) 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求めた。
(2) 本案の申立
(イ) 原告の請求はいずれも棄却する。
(ロ) 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求めた。
(二) 被告上京税務署長の申立
(1) 原告の請求はいずれも棄却する。
(2) 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求めた。
第二、請求の原因
一、事案の経緯
(一) 昭和二八年六月一日から昭和二九年五月三一日までの事業年度分(以下二八年度分という。)
(1) 原告は、昭和二九年七月三一日二八年度分の所得金額を一、二〇八、四二九円とする確定申告書を被告上京税務署長(以下被告署長という。)に提出したところ、同被告署長は、同年一〇月三〇日原告に対し、その所得金額を一、一七八、九一九円とする更正処分をなし、そのころ、その旨原告に通知した。
(2) さらに、被告署長は、昭和三三年一一月二九日付で、原告に対し、その所得金額を一、五七四、九一九円とする修正申告の是認通知をした。
(3) そこで、原告は、被告署長に対し、昭和三三年一二月二四日再調査の請求をしたところ、法人税法(昭和二二年法律第二八号)(以下旧法人税法という。)第三五条第三項の規定により、大阪国税局長に対し、審査の請求があつたものとみなされ、同国税局長は、昭和三五年三月一日前記所得金額一、五七四、九一九円は、原告の修正申告したところであるとの理由により、これを却下する旨の決定をなし、そのころ、その旨原告に通知した。
(二) 昭和二九年六月一日から昭和三〇年五月三一日までの事業年度分(以下二九年度分という。)
(1) 原告は、昭和三〇年七月三〇日二九年度分の所得金額を二、〇七八、一〇一円とする確定申告書を被告署長に提出したところ、同被告署長は、同年一一月二六日原告に対し、その所得金額二、〇五二、〇〇〇円とする更正処分をなし、そのころ、その旨原告に通知した。
(2) さらに、被告署長は、昭和三三年一一月二九日原告に対し、その所得金額を二、五八一、三四七円とする再更正処分をなし、そのころ、その旨原告に通知した。
(3) そこで、原告は、被告署長に対し、昭和三三年一二月二四日再調査の請求をしたところ、旧法人税法第三五条第三項の規定により、大阪国税局長に対し、審査の請求があつたものとみなされ、同国税局長は、昭和三五年三月一日原告の審査請求には一部理由があるが、原告の修正申告による所得金額は、二、五六六、九八〇円であるから、これを是認するとの理由により、前記再更正処分を全部取消す旨の決定をなし、そのころ、その旨原告に通知した。
(三) 昭和三〇年六月一日から昭和三一年五月三一日までの事業年度分(以下三〇年度分という。)
(1) 原告は、昭和三一年七月三一日三〇年度分の所得金額を二、二二五、一八二円とする確定申告書を被告署長に提出したところ、同被告署長は、昭和三二年三月二八日原告に対し、その所得金額を二、二九二、九七六円とする更生処分をなし、そのころ、その旨原告に通知した。
(2) さらに、被告署長は、昭和三三年一一月二九日原告に対し、その所得金額を三、五二四、四九九円とする再更正処分をなし、そのころ、その旨原告に通知した。
(3) そこで、原告は、被告署長に対し、昭和三三年一二月二四日再調査の請求をしたところ、旧法人税法第三五条第三項の規定により、大阪国税局長に対し、審査の請求があつたものとみなされ、同国税局長は、昭和三五年三月一日、前記再更正処分を一部取消し、その所得金額を三、四四五、六〇九円とする旨の決定をなし、そのころ、その旨原告に通知した。
(四) 昭和三一年六月一日から昭和三二年五月三一日までの事業年度分(以下三一年度分という。)
(1) 原告は、昭和三二年七月三一日三一年度分の欠損金額を五七一、二〇一円とする確定申告書を被告署長に提出したところ、同被告署長は、昭和三三年一一月二九日原告に対し、その所得金額を四二三、七三七円とする決定処分をなし、そのころ、その旨原告に通知した。
(2) そこで、原告は、被告署長に対し、昭和三三年一二月二四日再調査の請求をしたところ、旧法人税法第三五条第三項の規定により、大阪国税局長に対し、審査の請求があつたものとみなされ、同国税局長は、昭和三五年三月一日前記決定処分を一部取消し、その所得金額を八〇、三八七円とする旨の決定をなし、そのころ、その旨原告に通知した。
(五) 昭和三二年六月一日から昭和三三年五月三一日までの事業年度分(以下三二年度分という。)
(1) 原告は、昭和三三年七月三一日三二年度分の所得金額を二、八八九、四一六円とする確定申告書を被告署長に提出したところ、同被告署長は、同年一一月二九日原告に対し、その所得金額を五、九〇〇、六一七円とする更正処分をなし、そのころ、その旨原告に通知した。
(2) そこで、原告は、被告署長に対し、昭和三三年一二月二四日再調査の請求をしたところ、旧法人税法第三五条第三項の規定により、大阪国税局長に対し、審査の請求があつたものとみなされ、同国税局長は、昭和三五年三月一日前記更正処分を一部取消し、その所得金額を四、四二〇、九七四円とする旨の決定をなし、そのころ、その旨原告に通知した。
二、瑕疵の存在
(一) 二八、二九各年度分について
しかしながら、原告は、二八、二九各年度分の審査決定にいうような修正申告をしたことは全くないのであるから、結局、各更正処分による所得金額が正当であることに帰する。
よつて、原告は、これを争う被告国に対して、正当な右更正処分による所得金額の確認を求める。
(二) 三〇、三一、三二各年度分について
また、被告署長が、昭和三三年一一月二九日付でそれぞれなした、三〇年度分の再更正処分および三一年度分の決定処分および三二年度分の更正処分は、いずれも原告の所得金額を過大に認定した違法があり、三〇年度分については、同被告署長の更正処分による所得金額が、三一および三二各年度分については、確定申告にかかる所得金額が正当であるから、右各処分のうち、これを超える部分は違法であり、取消されるべきものである。
第三、被告等の答弁および主張
一、答弁
(一) 被告国の答弁
請求の原因のうち、第一項(事案の経緯)(一)、(二)の事実は認めるが、第二項(瑕疵の存在)(一)の事実は争う。
(二) 被告署長の答弁
請求の原因のうち、第一項(三)ないし(五)の事実は認めるが、第二項(二)の事実は争う。
二、主張
(一) 被告国の主張
(1) 本案前の主張
(イ) 原告が被告国に対して、二八、二九各年度分について、その所得金額の確認を求める訴は、いわゆる事実の確認を求めるものであり、わが法制上認容されないところであつて、訴の利益を欠く不適法のものである。
(ロ) かりに、これをもつて、原告主張の各所得金額を限度とする課税処分の取消しを求めるものと解しても、後記のとおり、二八、二九各年度分について、いずれも再再更正処分がなされ、その所得金額は、後記修正申告にかかるそれを、いずれも下廻つてなされたものである(二八年度分については、確定申告にかかる所得金額をも下廻つている。)から、訴の利益を欠くものというべく、この点からも原告の訴は不適法のものとして却下されるべきである。
(2) 本案の主張
(イ) 二八年度分
1 修正申告書の提出
a 原告は、被告署長に対し、更正処分後の昭和三三年一〇月二九日自ら所得金額を一、五七四、九一九とする修正申告書を提出した。
その提出理由は、原告の備付帳薄および決算報告書に計上していなかつた定期預金等を決算報告書の計上利益金に加算して、適正な課税標準に修正するため、修正資産負債表を作成し、その修正利益金を申告するためであつた。同修正資産負債表の定期預金等は、原告が備付帳薄および決算報告書に計上せず、除外した売上をもつて設定したものであり、原告も帳薄外の資産を作つた非を認め、自ら原告の資産であることを認めて修正申告書を提出したものである。
b 修正申告書は、内藤税理士がタイプして、原告代表者代表取締役吉川幸太郎が自ら署名して、被告署長に提出したものである。
内藤税理士は、原告の顧問税理士として、税理士法に基づく申告その他の税務代理、税務書類の作成等の税理士の固有業務として、修正申告書を提出する権限を有し、同人の指示を受けた事務員山本が、直接吉川幸太郎に面会して、修正申告書を提示して署名、捺印を求めたところ、同人は、内藤税理士が修正申告書を作成したものであつて、その趣旨および内容については、予め内藤税理士から説明を受け、しかも、当時の被告署長による調査の経緯から、充分に熟知していたが、同人としては、修正申告書に署名しても、税理士が税務署と折衝してくれるであろうという期待を持つており、従つて、その修正申告書を税務署へ渡すかも知れないが、青色申告を取消されるよりも、修正申告書にサインをして任せた方がより有利であろうと考えて、自ら所持した印鑑を押捺し、自署したものである。
2 再更正処分およびその通知
a 被告署長は、みなす審査請求却下決定の後である昭和三五年三月三一日原告に対し、その所得金額を一、一九六、九一九円とする再更正処分をなしたが、これに対し、原告は法定の期間内に何ら不服申立をしなかつたので、これにより再更正処分は確定した。
b そして、再更正処分は、昭和三五年三月三一日被告署長から原告宛に書留郵便として発送され、そのころ、原告に到達した。
(ロ) 二九年度分
1 修正申告書の提出
原告は、被告署長に対し、更正処分後の昭和三三年一〇月二九日自ら、所得金額二、五六六、九八〇円とする修正申告書を提出した。
その提出理由および経緯は、前記((イ)、1、a、b)と同様であるから、ここに援用する。
2 再再更正処分およびその通知
a 被告署長は、みなす審査請求に対する再更正処分全部取消決定の後である昭和三五年三月三一日原告に対し、その所得金額を二、三六一、二〇七円とする再再更正処分をなしたが、これに対し、原告は法定の期間内に何ら不服申立をしなかつたので、これにより再再更正処分は確定した。
b そして、再再更正処分は、昭和三五年三月三一日被告署長から原告宛に書留郵便として発送され、そのころ、原告に到達した。
(二) 被告署長の主張
(1) 処分の経過および内容
(イ) 三〇年度分
被告署長のなした再更正処分および大阪国税局長のなした審査決定の経過および内容は、次表のとおりである。
(第一表)
<省略>
(ロ) 三一年度分
被告署長のなした決定処分および大阪国税局長のなした審査決定の経過および内容は、次表のとおりである。
(第二表)
<省略>
(ハ) 三二年度分
被告署長のなした更正処分および大阪国税局長のなした審査決定の経過および内容は、次表のとおりである。
(第三表)
<省略>
(2) 別口利益金
前記((1))第一表ないし第三表記載の各審査決定において、別口利益金を算出する根拠となつた、三〇ないし三二年度における帳薄外となつていた資産および負債の内容は、次表のとおりである。
(第四表)
<省略>
(3) 別口利益金算出の明細
(イ) 前記((2))第四表記載の、三〇ないし三二年度における資産および負債の明細は、次表のとおりである。
(第五表)
<省略>
(ロ) 定期預金、積立預金について(第五表資産の部2、3)
1 被告署長は、原告の三二年度分法人税の調査をしたところ、原告代表者吉川幸太郎名義(一部無記名あるいは架空名義)の厖大な資産が発見されたため、これを質したところ、吉川幸太郎は自己所有財産の一覧表を提出したが、なお不審な点が認められたので、原告の主要取引銀行である北陸銀行京都支店等について、銀行調査を行つた結果、前記(第五表)のとおり、定期預金、積立預金等を発見したものである。
2 原告所在地の京都西陣地方の生糸売買業者が、日本生糸販売農業協同組合連合会(神戸市生田区明石町三二番地)から生糸を仕入れる場合には、取引を担保するため、預金等を同連合会に提供することが多い。
被告署長が、原告の三二年度分法人税調査を行つた際、原告と同連合会の取引契約書を発見したが、これによると、原告と同連合会の間には、取引金額一〇、〇〇〇、〇〇〇円に対して、担保として、原告の取引先および株主を連帯保証人とする人的担保と、連帯保証人の土地、建物が物的担保として提供され、預金等の提供はなかつた。
ところが、被告署長が同連合会に赴き、原告との取引関係および担保関係について調査したところ、前記(第五表)京都銀行西陣支店の無記名定期預金が原告から同連合会に対し、担保として提供されていることが判明した。同定期預金は、京都銀行西陣支店より、昭和三一年七月二五日発行され、同年八月二一日担保に供された。かように、原告は除外取引によつて得た別口利益金による無記名の同定期預金を、取引の担保に供していたものである。
3 また、北陸銀行京都支店発行の架空の古川六三良名義(六三良は吉川幸太郎の父の名前である。)の積立預金は、昭和三三年九月二六日解約した元利合計二、四六七、二五二円を、定期預金に振替えるなどの操作をして、薄外となつていたものである。
(ハ) 代表者吉川幸太郎に対する仮払金について(第五表資産の部4)
1 さらに、次のような資産が発見された。
a 二九年度分
不動産 京都市北区石竜町土地・建物 二〇〇、〇〇〇円
b 三〇年度分
出資金 京都銀行 五〇、〇〇〇円
右同 桜井商店 五、〇〇〇円
右同 電信電話債 五、〇〇〇円
右同 人羅商店 一〇〇、〇〇〇円
有価証券 住友化学 一〇一、〇〇〇円
右同 小西六商店 七二、〇〇〇円
合計(当期増加額) 三三三、〇〇〇円
従つて、当期末における金額は、前期末における金額と、当期増加額を加算した、五三三、〇〇〇円となる。(二〇〇、〇〇〇円+三三三、〇〇〇円=五三三、〇〇〇円)
c 三一年度分
出資金 後藤重一商店 二〇〇、〇〇〇円
右同 梅田幸織物 五〇、〇〇〇円
有価証券 小西六商店 四〇、〇〇〇円
合計(当期増加額) 二九〇、〇〇〇円
従つて、当期末における金額は、前期末における金額と、当期増加額を加算した、八二三、〇〇〇円となる。(五三三、〇〇〇円+二九〇、〇〇〇円=八二三、〇〇〇円)
d 三二年度分
有価証券 日平産業 一五五、〇〇〇円
右同 小西六商店 二五、〇〇〇円
不動産 京都市上京区松ヤ町土地・建物 四〇〇、〇〇〇円
右同 大津土地 二五〇、〇〇〇円
右同 京都市上京区六軒町土地・建物 一三七、五〇〇円
右同 ビリヤード 一〇七、〇〇〇円
合計(当期増加額) 一、〇七四、五〇〇円
従つて、当期末における金額は、前期末における金額と、当期増加額を加算した、一、八九七、五〇〇円となる。(八二三、〇〇〇円+一、〇七四、五〇〇円=一、八九七、五〇〇円)
2 これらの出資金、不動産、有価証券は、いずれも代表者名義で取得されているので、原告から代表者にこれら資産の取得金員が貸付けられたものとして処理し、「仮払金」勘定としたものである。
(ニ) 現金について(第五表資産の部1)
前記(第五表)定期預金のうち、滋賀銀行西陣支店発行分は、昭和三三年四月一二日解約され、現金化されたが、同日以降同年五月三一日迄の間に、原告店舗の裏に新設されたビリヤードに、一〇七、〇〇〇円費消され、前記((ハ)、1、d)のとおり、仮払金として処理されているため、結局、現金は差引八九三、〇〇〇円となつたものである。
(ホ) 代表者吉川幸太郎からの借入金について(第五表負債の部1)
1 昭和二八年五月一日直前には、次のような預金があつたので、これを代表者からの借入金と認定し、これに、定期預金に対する年六分の割合による利息相当額を加算すると、二八年度分の借入金は、次のようになる。
定期預金 五、〇〇〇、〇〇〇円
右利息相当額 三〇〇、〇〇〇円
積立預金 三九七、五〇〇円
合計 五、六九七、五〇〇円
2 従つて、二九年度分以降三二年度分までの借入金は、利息相当額三〇〇、〇〇〇円を毎年加算することによつて算出されるから、結局、次のようになる。
二九年度分 五、九九七、五〇〇円
三〇年度分 六、二九七、五〇〇円
三一年度分 六、五九七、五〇〇円
三二年度分 六、八九七、五〇〇円
(ヘ) 繰越金について(第五表負債の部2)
原告の別勘定貸借対照表による繰越金は、別口利益金が配当、賞与として社外に流出することなく、すべて社内に留保され、翌年度に繰越されたものである。
すなわち、二八年度分の別口利益金は、そのまま二九年度分の繰越金となり、これに、二九年度分の別口利益金を加算したものが、三〇年度分の繰越金となり、以後、三二年度分まで同様の計算を行なうことによつて、算出される。
なお、二八、二九各年度分の繰越金および別口利益金は次のとおりである。
二八年度 二九年度
繰越金 一八、〇〇〇円
別口利益金 一八、〇〇〇円 三一七、〇〇〇円
(4) 別口利益金認定の正当性
前記((2)、(3))別口利益金の認定が正当なものであることは、次のような事実によつても明らかである。
(イ) 別口利益金造成の可能性があつたこと。
1 戦時中から行なわれていた生糸の配給統制は、昭和二四年七月に、生糸の価格統制は、昭和二五年五月に、いずれも撒廃され、それ以後、生糸は自由価格によつて取引されていたが、昭和二六年二月生糸の基準価格制が採用され、物価統制令で禁止する不当高価取引の認定基準となる基準価格が定められ、これに違反することは、同時に物価統制令にも抵触することになつた。そして、同年一二月繭糸価格安定法が制定され、翌二七年二月最高、最低価格が定められ、同年七月生糸価格制限令により、禁止価格一〇〇斤につき二四〇、〇〇〇円と決定された。
かように、次々に生糸糸価安定の措置が講ぜられたにも拘らず、なお禁止価格を超えて闇売買が横行した。この闇売買をなした生糸業者の多くは、二重帳薄により別途勘定を設定して、損益および資産、負債ともに除外して経理したために、所得の実態を把握しにくい状態であつた。
2 ところで、原告は昭和二三年八月一日設立された。一方、吉川幸太郎は、古くから生糸撚糸商を行なつていたが、昭和二四年五月生糸の統制解除後、個人営業を廃止して、原告の経理役員となり、昭和二八年五月代表取締役に就任した。
その後は、吉川幸太郎は、原告の生糸の仕入、入金伝票、小切手帳等の管理責任者の地位を利用して、闇取引を行ない、経済事犯の発覚を防止し、課税調査を困難にする意図をもつて、取引関係を正規の帳薄に記入せず、銀行等との取引には個人名義を使用するなどして、営業主体、営業状態を不明確にして来た。
しかし、前記((2)、(3))別口利益金算出の根拠となつた薄外資産は、原告の事業活動の結果取得されたものであり、当初の薄外資産が、正規の帳薄に記入しない取引によつて、形が変わり、増加して来たものである。
(ロ) 追加申告書等の提出がなされたこと。
ところで、もし、これら薄外資産が、原告とは無関係の個人資産であるとすれば、協議官の審査等にあたつて、その異動内容につき、容易に明確な説明がなしうるはずであるのに、何らの立証もしなかつたのみでなく、かえつて、原告は、昭和三三年一〇月二九日被告署長に対し、三〇ないし三二各年度分について、正規の帳薄外の営業活動によつて得た資産による別勘定の利益金を自認して、追加申告書、別勘定貸借対照表および今後、かような誤つた申告をしない旨を約した誓約書等を提出した(なお、これらの書面の提出理由および経緯については、前記(一)、(2)、(イ)、1、a、bと同様であるから、ここに援用する。)のであつて、被告署長は、これに基いて前記のごとき別口利益金を認定したものである。
(ハ) 吉川幸太郎の個人所得とは認められないこと。
かりに、前記別口利益金算出の根拠となつた薄外資産が吉川幸太郎の個人所有に属するものとすれば、原告とは無関係になる。
そこで、同人が昭和三一年ないし昭和三三年までの所得税について、被告署長に提出した確定申告書によると、その所得金額は次表のとおりである。
(第六表)
<省略>
ただし、三〇年度分については、給与所得四三二、〇〇〇円のみである。
従つて、かような所得金額の下においては、前記(第五表)のごとき資産を得るはずがないのである。
第四、原告の答弁および主張
一、答弁
(一) 被告国の主張に対し、
(1) 本案前の主張の事実は争う。
(2) 本案の主張のうち、
被告国主張の日に、二八、二九各年度分について、修正申告書の提出がなされたことは認めるが、その余の事実は争う。右申告書の提出は、原告代表者の意思によるものではない。
(二) 被告署長の主張に対し、
第(1)項(処分の経過および内容)のうち、三〇ないし三二各年度分に対する審査決定の経過および内容が、被告署長主張のとおりであつたことおよび、別口利益金を除くその余の項目の数額が、審査決定処分のとおりであること(ただし、別口利益金の変動に伴い、当然減少すべき数額は除く。)は認めるが、別口利益金(×印を付した部分)の存在は争う。
第(2)項(別口利益金)、第(3)項(別口利益金算出の明細)のうち、別口利益金算出の根拠となつた、定期預金、積立預金、出資金、有価証券、不動産等が、被告署長主張のとおり存在することは認めるが、後記のとおりいずれも原告の所有資産ではない。
第(4)項(別口利益金認定の正当性)の事実中、被告署長主張の日に、三〇ないし三二各年度分について、追加申告書等の提出がなされたことは認めるが、吉川幸太郎が被告署長主張のとおりの内容を有する確定申告書を提出したことを除いて、その余の事実は争う。右追加申告書の提出は、原告代表者の意思によるものではない。
二、主張
(一) 修正申告書、追加申告書等の提出の経緯について
被告は、原告が備付帳薄、決算報告書等に計上していない薄外の資産を有することを認めて、自ら修正申告書、追加申申書、誓約書等を提出した旨主張するが、これらは、原告代表者吉川幸太郎の指示に反して、内藤税理士が勝手に作成して被告署長に提出したものであつて、原告代表者の意思に基づくものではない。すなわち、その経緯は次のとおりである。
吉川幸太郎が昭和三三年九月その所有にかかる個人資産の一覧表を記載した計算書を被告署長の北村事務官に提出後、田中事務官が原告会社を訪れ、計算書記載の資産について、原告代表者等に対し、それが原告の別口資産の変動ではないかとの質問があつたが、代表者等は、計算書作成の動機、事情を説明して、それが吉川幸太郎の個人資産であることを力説した。
その後、田中事務官と内藤税理士の間で話しがなされた際、田中事務官から別口利益金として認めなければ、青色申告が取消される旨の話しもあり、また内藤税理士も原告に多少の不正があると考えたのか、田中事務官の言うままに、別口利益金を原告代表者に認めさせるよう努力することを約束し、事務員山本が田中事務官の原稿どおりの修正申告書を作成し、原告代表者吉川幸太郎に署名させたものである。その際、事務員が、「大阪国税局との話し合いで、修正申告書を提出しなければ、青色申告を取消され、大変不利になるので、署名捺印して欲しい。」と言うので、原告代表者は止むなく修正申告書に署名のみして、「内藤税理士から言われて来たのだろうから、一応署名だけするから、持つて帰つてもらつてもよいが、印を押して役所に提出する気はないから、役所には提出してくれるな。」と念を押して手渡した。
ところが、事務員山本は、これに反して、有り合わせの三文判を使用して、修正申告書の原告代表者名下に押捺し内藤税理士がこれらを被告署長に提出したものである。
追加申告書等も、内藤税理士が勝手に作成、提出したものである。
(二) 再更正処分等およびその通知について
被告国は、被告署長が昭和三五年三月三一日原告に対し、二八、二九各年度分の所得金額の再更正処分、再再更正処分をなし、これを同日原告宛に発送し、そのころ、原告に到達した旨主張するが、原告は全くその通知を受けていない。
(三) 別口利益金認定の違法性
被告署長の別口利益金の認定は、種々の推測の積重ねに過ぎず、事実に反していることは、次のような事実によつて明らかである。
(イ) 吉川幸太郎の個人資産であること。
吉川幸太郎は、古くから生糸撚糸ならびに販売業を行つていた。そして、昭和二四年七月生糸の配給統制が撤廃されるまでの間、他の業者と同様、闇取引によつて多額の財を得、同年末営業を廃止した当時、約一三、〇〇〇、〇〇〇円に上る財産を有していた。これらは、預金、手持生糸、売掛金等からなつていたが、進駐軍による闇取引追求その他から、逐次、名義の切換えあるいは各種預金、不動産、株式等に変化し、利息その他の収益によつて増加して行つた。唯、これらを正式の帳薄に記入して来なかつたために、現在においては、個々の資産の運用状況を説明することは不可能である。
(ロ) 追加申告書等の提出はしていないこと。
この点については、前記((一))において主張したとおりである。
(ハ) 吉川幸太郎の申告所得額は基準とならないこと。
当該年度における吉川幸太郎の資産全部が、確定申告にあたり正確に把握された保証はなく、さらに、これら資産の運用利益があり、また、確定申告すべきなのにこれをしなかつたものあるいは本来、これを必要としないものもあつたことを考えると、被告署長の主張が誤つたものであることは明らかである。
第五、証拠
一、原告
甲第一ないし第七号証を提出し、証人榎正年・同山本重四郎・同後藤重一の各証言および原告代表者本人尋問の結果を援用し、検甲第一号証を提出し、乙第一ないし第七号証の成立はいずれも否認する、同第八、九号証、第一〇号証の一、二、第一一号証の一、二、第一二号証の一ないし四の成立はいずれも認める、同第一三号証の一、二、第一四ないし第一六号証の成立はいずれも不知、同第一七号証の一ないし三、第一八号証の一、二、第一九号証の成立はいずれも認める、と述べた。
二、被告両名
乙第一ないし第九号証、第一〇号証の一、二、第一一号証の一、二、第一二号証の一ないし四、第一三号証の一、二、第一四ないし第一六号証、第一七号証の一ないし三、第一八号証の一、二、第一九号証を提出し、証人北村昭平・同田中政則・同三浦清治の各証言を援用し、甲第七号証、検甲第一号証の成立はいずれも不知、その余の甲号各証の成立はいずれも認める、と述べた。
理由
第一、二八、二九各年度分について
一、争いのない事実
原告主張にかかる請求の原因のうち、第一項(一)、(二)の事実、すなわち、確定申告書の提出、更正処分、修正申告是認通知、再更正処分(原告に通知されたという点を除く)、再調査請求、審査決定等に関する事案の経緯については、原告と被告国当事者間に争いがない。
二、訴の利益の有無
そこで、被告国は、原告が所得金額の確認を求める訴は、いわゆる事実の確認を求めるものであつて、訴の利益を欠く不適法のものであると主張するので、先ず、この点について判断する。
原告の訴は、要するに、二八、二九各年度分について、被告国の主張する修正申告をしたことはなく、従つて、結局、更正処分によつて認定された所得金額が正当であることを理由として、これを争う被告国に対し、その確認を求めるところにあるものと考えられる。
ところで、租税債権は、法律の定める課税要件の充足によつて、法律上当然に成立するが、この段階においては、未だ単なる抽象的な租税債権が成立するのみであつて、これが具体的な確定手続としては、申告納税制度の適用下においては、原則として納税義務者が自ら法律の定める一定の課税物件の内容およびその帰属を明らかにすると共に、課税標準を確定し、これに税率を適用して納付すべき税額を決定することによつて、法定の課税要件事実を認定し、自己の納税義務の内容を税務官庁に申告することにより確定し、例外的に税務官庁のなす更正処分等行政処分によつて確定するのであつて、これによりはじめて、具体的な租税債権債務関係が発生することとなる。
本件において、原告は、かような法律関係発生の法律要件をなす前提事実たる申告行為の基本となつた課税標準としての当該事業年度間の所得金額の確認を訴求するものであるから、それはまさしく、法律関係発生の一つの前提事実を対象としているものにほかならない。
かような事実の存否をめぐる紛争は、例外的な場合を除いては、法律上の争訟として司法手続に則つて判断解決するに適合しないものである。
よつて、その余の点について判断するまでもなく、原告の訴は、いずれもその利益を欠く不適法のものであるというべきである。
第二、三〇、三一、三二各年度分について
一、争いのない事実
請求の原因のうち、第一項(事案の経緯)(三)ないし(五)の事実および被告署長の主張のうち、第(1)項(処分の経過および内容)の事実中、三〇ないし三二各年度分に対する審査決定の経過および内容が、被告署長主張のとおりであることおよび別口利益金を除くその余の項目の数額が、審査決定処分のとおりであること(ただし、別口利益金の変動に伴い、当然減少すべき数額は除く。)、第(2)項(別口利益金)、第(3)項(別口利益金算出の明細)の事実中、別口利益金算出の根拠となつた、定期預金、積立預金、出資金、有価証券、不動産等が、被告署長主張のとおり存在すること、第(4)項(別口利益金認定の正当性)の事実中、被告署長主張の日に、三〇ないし三二各年度分について、追加申告書等の提出(ただし、原告代表者の意思によるものでない)がなされたことは、原告と被告署長当事者間に争いがない。また、第(4)項の事実中、吉川幸太郎が被告署長主張のとおりの内容を有する確定申告書(個人の分)を提出したことは、原告において明らかに争わないので、これを自白したものとみなす。
二、別口利益金の存否
そこで、原告の請求の当否を判断するに、結局、本件の争点は、当該各年度における別口利益金の存否およびその内容如何に係つているので、この点について検討することとする。
(一) 追加申告書等の提出の経緯
先ず、被告署長は、原告代表者自ら当該各年度に亘つて、追加申告書等の提出をした旨主張し、その経過如何は、別口利益金存否の判断に重要な影響を及ぼすものと考えられるので、その前後の経緯をも含めて明らかにする必要がある。
成立に争いない甲第一号証、および乙第一二号証の一ないし四、証人田中政則の証言により真正に成立したものと認められる同第一四号証、証人北村昭平・同山本重四郎・同田中政則の各証言および原告代表者本人尋問の結果(但し、後記認定に抵触する部分を除く。)を総合すると、次のような事実が認められる。すなわち、上京税務署法人税課北村、辻両事務官は、昭和三三年九月初旬以降約一〇日間に亘つて、原告に対し、照合調査、および定款、議事録、売上伝票等の内容調査等のいわゆる特別調査を相当詳密に行つたこと、その結果、なお、原告に対する別口資産の存在についての疑念を払拭し去ることができなかつたため、判定の一助とする意味で、代表者吉川幸太郎に対し、同人の個人資産明細表を提出するよう求めたところ、同人から不動産、預金、株券等合計二三、〇〇〇、〇〇〇余円の資産を内容とする財産目録(乙第一二号証の一ないし四)の提出を受けたが、それによつては、終戦以後の財産取得の経過が判明せず、充分なものではなかつたため、更に、同人に対し、一層この間の事情を明確にした書類の提出方を求めたこと、これに対し、吉川幸太郎は、後記認定のとおり、財産取得の特殊事情から、ほとんどの資産変動についての明確な資料を有しなかつたため、主に記憶に基づき、原告の顧問内藤税理士事務所事務員山本重四郎と検討を加えた結果、作成した個人資産表(甲第一号証とほとんど同一内容を有するもの。)を税理士を通じて北村事務官に提出したこと、他方、上京税務署担当係官は、従前からの調査資料および、吉川幸太郎からの提出資料を検討した結果、原告に多額の別口資産がある疑いを強め、大阪国税局法人税課に原告の調査指導について上申したところ、同課田中事務官が調査事務を担当することになつたこと、田中事務官は、吉川幸太郎の個人資産表について、同人から事情聴取したが、必ずしも納得的な説明が得られなかつたことおよび同人の個人収入が個人資産に比して極めて僅少であること等の事情から、これを原告の別口資産として処理する方針を決定したこと、これに基づいて、田中事務官は、主として個人資産表に準拠した、修正申告書、修正資産負債表(二八、二九各年度分関係)、および追加申告書、貸借対照表、誓約書(三〇ないし三二各年度分関係)等の原稿を作成し、同年一〇月二七日これを内藤税理士に手交するとともに、原稿に従つて正規の文書を作成したうえ、早急に上京税務署に提出するよう求め、もしこれに応じなければ、原告の青色申告を取消す旨伝えたこと、内藤税理士の指示を受けた山本事務員は、一部預金名義を訂正した以外には、全く右の原稿どおりの内容を有する、修正申告書、修正資産負債表(乙第一、二号証)、および追加申告書(同第三号証)、貸借対照表(同第四号証ないし第六号証)、誓約書(同第七号証)を作成したうえ、翌二八日午後原告代表者吉川幸太郎の署名、捺印を受けるため、原告会社に赴き、同人に対し、青色申告の取消を防ぐ意味において修正申告等の必要である旨を説明したところ、吉川幸太郎としては、書面の計数関係について深く立入り調査する時間的余裕も充分ではないし、何よりも原告に対する別口資産認定の事由が理解し得なかつたので、このままの形で一切の関係書類を提出することは、自己の意に反するところであつて、後日、専門家と相談して最終的方針を定めたうえで、提出するか否かを決定したい意向を持つていたが、現時点では、提出しさえしなければ、一応署名しても何ら支障はないと考え、山本事務員に対し、未だ上京税務署へ提出しないよう念を押したうえで、その場で、一連の書類に署名(捺印が何人によつてなされたか確定し難い。)したものであること、ところが、山本事務員は、その直後、内藤税理士事務所において、待機中の田中事務官に対し、関係書類を交付し、提出したこと、その後、右事実を知つた吉川幸太郎は、急拠、上京税務署および大阪国税局の係官と種々折衝を重ねて、書類の返還方を要請したが、結局これが認められなかつたこと等の事実を認めることができる。
右認定事実によれば、追加申告書等一連の関係書類は、提出について何ら権限を有しない内藤税理士および山本事務員により、吉川幸太郎の意思に反して提出されたものであると認めざるを得ない。
(二) 別口利益金の存否
そこで、被告署長の主張する別口利益金の存否を判断することにする。
(1) 前記甲第一号証、成立に争いない同第二ないし第六号証および同第四号証ならびに原告代表者本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる同第七号証、前記乙第一二号証の一ないし四、証人田中政則の証言により真正に成立したものと認められる同第一三号証の一、二、前記同第一四号証、証人三浦清治の証言により真正に成立したものと認められる同第一五、一六号証、成立に争いない同第一七号証の一ないし三、同第一八号証の一、二、同第一九号証、証人榎正年・同北村昭平・同山本重四郎・同田中政則・同三浦清治・同後藤重一の各証言および原告代表者本人尋問の結果を総合すると、次のような事実が認められる。すなわち、吉川幸太郎は京都西陣において、古くから生糸撚糸、販売業に従事し、終戦直後の混乱期に一時建築資材、電気器具類の販売取引を行つたほかは、その後も引続き生糸、絹織物を取扱い、昭和二二年以降はそのほとんどが生糸で占められていたこと、当時、生糸の配給統制および価格統制が厳重に施行されてはいたが、生糸取引業の多くが、法的規制を潜脱した、いわゆる闇取引を行ない、相当多額の収益をあげていたこと、その取扱量は、配給にかかるそれをはるかに超える多量に及び、西陣地方における機屋の消費量の大部分を占め、一般の需要をまかなつていたこと、西陣において、最も有力な業者の一人であつた吉川幸太郎も、このような闇取引の例外ではなく、その取引量は、月商一五、〇〇〇、〇〇〇円、生糸にして一、五〇〇貫程度にも及び、西陣における取引量の一割近くを動かしたこともあつたこと、闇取引はすべて現物現金取引であつて、吉川幸太郎は、一切の取引関係帳薄を記帳せず、すでに当時から具体的な取引内容および収益の細目は不明瞭の状態にあつたこと、そして、昭和二三年八月原告会社が設立されると、正規の生糸取引はこれによつて行つていたが、闇取引は依然、吉川幸太郎の個人営業として扱われ、翌、昭和二四年末に相当の財を得て営業を廃止し、それ以後は、原告代表者の職務に専念し、現在に至つていること、そこで、吉川幸太郎が個人営業を廃止した当時、如何程の財産を所有していたかは、その内容および数額の概略如何についてさえも、極めて判然としない状況にあるけれども、例えば、昭和二四年六月一三日当時、北陸銀行京都支店において、村中幸雄なる架空名義をもつて、五、八二〇、〇〇〇余円に上る預金残高があり、同日、株式会社筒井商店に対し、右予金から現金二、〇〇〇、〇〇〇円を支払つている事実、その他、同銀行京都支店においては、本人名義のほか、筒井商店あるいは服部富男等の架空名義により、相当の額に達する銀行取引があつた事実、あるいは、一〇、〇〇〇、〇〇〇円もの小切手を持つて、生糸取引の商談に出張した事実があること、
以上の認定事実によれば、吉川幸太郎は昭和二四年当時、相当多額の財産を有していたものであり、これが漸次、不動産、預金、株券等に形を変え、その間かなりの変動を考慮しても、今なお、多額の資産を有するものであることが、充分に推測できるのである。
(2) 一方、吉川幸太郎は、前記当事者間に争いのない事実として認定したごとく、昭和三一ないし三三各年度分の個人所得税について、その所得金額を七五〇、〇五二円、八三一、一六二円、一、〇四二、七一九円とする確定申告書を提出しているけれども、右認定事実に徴するとき、確定申告をなしているが故に当時の所得が僅かにこれだけであると認めることは、極めて困難であり、早計に失すると言わざるを得ない。
(3) また、当該各年度分に対する別口利益認定の経過および資料を概観する必要があるところ、前記証人三浦清治の証言によつて、最終的な審査決定の資料として使われたことが認められる、協議官三浦清治作成にかかる修正別口利益金計算書(乙第一五号証)に準拠して検討すると、前記各証拠によれば、
定期預金のうち、先ず、北陸銀行京都支店分三、〇〇〇、〇〇〇円は、当初より吉川幸太郎提出にかかる個人資産表(第二段目)に記載があり、しかも、田中事務官の調査によつても、預金名義は無記名であつたこと、また、京都銀行西陣支店分二、〇〇〇、〇〇〇円も無記名であつて、原告の同銀行西陣支店に対する調査依頼の結果、知得した事実を、内藤税理士が三浦協議官に対して申告してはじめて、新たに判明したものであること、次に、滋賀銀行西陣支店分一、〇〇〇、〇〇〇円は、吉川幸太郎名義であつて、個人資産表(第七段目)にも記載されており、これは、後記積立預金中の同銀行西陣支店分が満期により切替つたものであるところを、個人資産表においては、一連の預金として記載されたものに過ぎないこと、また、富士銀行西陣支店分五〇〇、〇〇〇円は、すでに個人資産表(第八段目)に記載されていること、さらに、積立預金のうち、北陸銀行京都支店分は、そのものとしては個人資産表には記載されておらず、田中事務官の調査により、古川六三良名義で、昭和三一年四月二八日第一回掛金九五、一〇〇円、第二回以降掛金七八、〇〇〇円の月掛により累増したものであつて、昭和三三年九月二六日の解約当時、預金額は、二、三五七、一〇〇円に達していたことが判明したものであるが、多少の誤記を除けば、すでに個人資産表(第三段目)に記載されているところであること、また、京都銀行西陣支店分は、定期預金の場合と同様の方法によつて、三浦協議官が知つた事実であつて、吉川幸太郎名義により、昭和三〇年一月二二日以降昭和三一年七月二五日の解約まで、累増したものであること、現金は、もともと吉川幸太郎の説明により、滋賀銀行西陣支店の定期預金が、解約になり現金化したことが判明し、これに、ビリヤード建設費一〇七、〇〇〇円の支出による減額処理をなしたものであること、および以上のすべてを通じ、それらが原告に帰属するものであることを積極的に立証する資料はないこと、等の事実が認められると共に、北村、辻、田中および三浦等の事務官による種々の検討、調査によつても、吉川幸太郎の説明が充分納得しうる根拠を持たず、相当の疑念を抱く余地はあつたにしても、結局、原告に売上除外等の帳薄操作のあることを、明確に把握し得なかつたことが認められる。
(4) ところで、別口利益金存在の立証責任は、被告署長にあるものと解すべきであるところ、すでに検討したとおり、追加申告書提出の経緯および吉川幸太郎の個人営業の実態、本件資産の帰属に関する認定の経過および資料等の諸事情を考慮すると、本件資産が、なお、原告に属するものであることが証明されたと認めることは、到底できず、結局、別口利益金は存在しないものと言わざるを得ない。
従つて、三〇ないし三二各年度分の正当な所得金額は、いずれも審査決定による所得金額から、別口利益金を控除した数額であるから、次のようになる。(第一表ないし第三表参照)
三〇年度 三、四四五、六〇九-一、一八四、一〇〇=二、二六一、五〇九(円)
三一年度 八〇、三八七-二七五、五〇〇=△一九五、一一三(円)
三二年度 四、四二〇、九七四-一、四四三、五〇〇=二、九七七、四七四(円)
第三、結語
以上のとおりであるから、原告の被告国に対する訴は、いずれも不適法であるから、これを却下し、原告の被告署長に対する請求のうち、三〇年度分については、原告の主張金額は右認定額を上まわるものであるからその主張金額をもつて正当な所得金額と認め、三一、三二年度分については、右認定金額の限度において理由があると認められるところ、原告の一部取消しを求める各処分は、いずれも昭和三五年三月一日大阪国税局長の審査決定処分により、昭和三〇年度は三、四四五、六〇九円、昭和三一年度は八〇、三八七円、昭和三二年度は四、四二〇、九七四円と変更減額されているので、右正当と認められた金額を超え、右減額された限度において原告の請求を認容し、その余は棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 久米川正和 裁判官 高橋史朗 裁判官 大藤敏)